アフリカはつらいよ。

国際協力の夢を追いかけてアフリカに来た元・意識高い系大学生が、理想と現実の間で奮闘するブログ。

青年海外協力隊は「いるだけで十分」なのか?

セネガルに来る前の、事前研修であるJICAのスタッフが言っていた言葉
「協力隊はいるだけで十分」
当時は反発を覚えましたが、その意味がようやくわかったのでまとめておきます。
異国の地で奮闘する協力隊の同志に届け!

事前研修で引っかかった言葉

あれは、事前研修のなかの座学講座でのことでした。
駒ヶ根研修所のあるスタッフが協力隊の候補生に向けて言った言葉。

「協力隊はその国で生活しているだけで十分なんですよ」

当時の僕には、その言葉が引っ掛かりました。
国の税金でやっている事業で、「いるだけで十分」ということはないだろうと。

ボランティアの派遣に対しては、一人一人に派遣要請書というものがあります。
配属先でどのような活動を行うことを期待されているかが記載されているもので、
簡単に言うと、活動するうえでのミッションです。

なので、ボランティアとはいえ、そのミッションを果たしてなんぼのもの。
「いるだけで十分」という、言葉の意味がまるで理解できませんでした。

配属先のためにはならないのはもちろんのこと、自分自身にもツケが回ってきて、
この先どこに行っても、「いるだけ」の結果を出せない人になるだろう、と。

配属早々に味わった挫折

「結果」を出そうと意気込んでセネガルにきた僕でしたが、
任地に配属されて早々にその難しさに気づきました。

着いた当初は、見知らぬ土地で一人で住むことの生活環境の整備に追われ、
活動どころか、生きていくので精一杯という状況だったのです。

活動を始めようにも、まずは配属先同僚との信頼関係の構築、業務の把握と、
自分がいる価値を一切提供することができませんでした。

「自分は何の役にも立ってないじゃないか」

と、情けない気持ちでいっぱいでした。
でも、任地には愚痴や弱音を吐きだせるような友人はいません。
次第に自信もなくし、ふさぎこんでしまっていました。

そんなときに、「いるだけでも十分」という言葉を思い出しました。

こんな自分でも本当に「いるだけで十分」なのだろうか?
あの言葉はどんな意味だったのだろうか?と気になりだしたのです。 

青年海外協力隊の目的

何か手がかりをと思った僕は、もう一度原点に立ち戻って、
協力隊の目的を振り返ってみました。

JICAボランティア事業は日本政府のODA予算により、独立行政法人国際協力機構(JICA)が実施する事業です。開発途上国からの要請(ニーズ)に基づき、それに見合った技術・知識・経験を持ち、「開発途上国の人々のために生かしたい」と望む方を募集し、選考、訓練を経て派遣します。
その主な目的は、以下の3つです。
(1)開発途上国の経済・社会の発展、復興への寄与
(2)異文化社会における相互理解の深化と共生
(3)ボランティア経験の社会還元

JICAボランティアの事業概要 | JICAボランティア

その中でも、目的(2)の内容が目につきました。

(2)異文化社会における相互理解の深化と共生

この文を、簡単にまとめると、こんな感じでしょうか。
「現地に住んで、住民と交流して仲を深めながら一緒に住んでいくこと」

あれ、これって普通にいるだけで、事足りそうな気がしてきたぞ。

現地の人と生活するだけで意味がある

つまり「途上国に住んで、現地の人と交流し、相互理解を深めている」なら、
自分がそこにいるだけで、協力隊の事業目的にかなっているのです。

「いるだけで十分」という言葉は、さすがに少し言い過ぎかもしれませんが、
現地で生活するだけで、十分に意味のあることだと、今は思います。
そのことに気付いて、当時は気持ちが少し楽になりました。

そして、これは現場の最も奥深くまで入り込んでいける協力隊だからこそできる、
途上国への貢献なのかなあと思います。

企業活動やJICAのプロジェクトを通じて、(1)の途上国への発展には寄与できても、
現場の奥深くまで入り込んで、住民と交流を持つことは難しいですから。
実際、電気のない村に泊まるのなんて協力隊くらいのもんでしょう。 

ykujime.hatenablog.com

 つらいときの、心の支えに

実際に「いるだけで十分」と思って、日々活動している隊員はいないと思います。
みんなそれぞれ、地域に良い影響を与えたいと思って、活動をしています。

でも、それが一筋縄ではいかないことも事実。
そんなときに普段の住民との生活を通じて、自分は目的を果たしていて、
ここにいる意味があると思えるだけで、疲れた心の支えになるのです。

今はそのスタッフがどのような意図をもって、その言葉を発したのかがわかります。
現地で何もできず、無力感にさいなまれる隊員を救うための言葉だったのです。

まさか、駒ケ根で反発を覚えた言葉が、セネガルに来て、僕の気持ちを楽にするとは
思ってもみませんでした。

 

今日も僕はセネガル人の濃い絡みにつきあいながら、相互理解を進めますか。 

アフリカはつらいよ。