会いに行けるセネガル

国際協力の夢を追いかけてセネガルに来た「元・意識高い系大学生」が、理想と現実の間で奮闘するブログ。

詳細プロフィール作りました!

運営者プロフィール

「会いに行けるセネガル」運営者の久次米雄太と申します。自己紹介ページに来ていただいてありがとうございます。

大学を卒業した後、日系メーカーで3年半ほど勤務し、現在は青年海外協力隊としてセネガル共和国に滞在しています。このブログはセネガルのことを少しでも知ってもらうために書いています。

この記事では、そんな僕のプロフィールについて記します。

略歴

久次米雄太(Yuta Kujime)

1989年大阪府生まれ。慶応義塾大学理工学部卒。大学在学中、「JENESYSプロジェクト」でミクロネシアを訪問したことをきっかけに国際協力の仕事に憧れる。大学卒業後、国内大手機械メーカーで3年半勤務し、海外販社・ディーラーのサービス体制構築に従事する。就職後も国際協力への思いが捨てきれず、青年海外協力隊に参加することを決意。2017年1月から青年海外協力隊としてセネガル共和国に派遣される。コミュニティ開発隊員として、二オロ県農村開発事務所にて地域農家の収入向上に取り組む。

生い立ち

~小学校

大阪府吹田市生まれ、高槻市育ち。父はサラリーマン、母は専業主婦という一般的な家庭に生まれる。

3歳のときに弟が生まれ、「お兄ちゃんなんだから」という言葉でしつけられたため、空気を読んで、良くも悪くも「大人が望むことをする」子どもに育つ。 

好奇心旺盛で物覚えもよく勉強は得意。目立ちたがり屋で面白いことをしてみんなを笑わせるのが好きだった。

中学校

勉強はできるけど、がり勉グループに属するのはなんかダサくて嫌。かといって不良グループと付き合いきるほど価値観も合わない。そんな訳で、人間関係で一番苦労したと思える時期。クラスで口をきいてくれる人がいなくなったり、孤独も経験した。

自分らしく生きればいいやっていう割り切りの気持ちがついたのは、この時期。 

高校

第一志望の地域トップの公立高校を受験するも、まさかの不合格。人生で初めての挫折を経験し、大阪で最も校則の厳しい男子校に入学する。

髪型は坊主か刈上げしか認められておらず、バラ色の高校生活を送れないことを知る。思春期に女子の目線に触れないことが、個性を加速させた。

行き場のない気持ちは受験勉強へ。もてたい一心で偏差値の高い大学を目指す。

大学時代

大学1・2年生:学生寮での国際交流

一年の浪人生活を経て、慶應義塾大学理工学部に進学。父親の独断で上京とともに寮生の半数が留学生という環境の大学の寮に入れられる。

当時、海外に行ったことのなかった僕は、外国人とのコミュニケーションにびびり、入寮初日からコミュ障を発症。食堂では窓際が指定席となる。

しかし、友人の助けもあり、外国人へのアレルギーを克服。留学生と関わるようになり、海外への興味を持ち始める。

一方、学生寮での生活が楽しくなるにつれ、他のことがおろそかに。留年ギリギリの単位数での進級を繰り返し、みんなが入るからとの理由で入ったテニサーも結局辞める。寮にこもりがちになり、だらだらと遊びほうける。

大学3・4年生:意識高い系大学生となる

このままではダメだとの思いから、大好きだった寮を出ることに。周囲への依存を断ち切る意味も込め、1人暮らしを開始し、生まれ変わることを決意。

意識高い系学生へと変身を遂げ、一時は意識が高まりすぎて、意識不明状態に陥る。

何をしたいのかは見えなかったけれど、行動の量はとにかく増やした。

<2年間でやったこと>

こうして書くと、すごいことをしていたように見える。慶應の看板と高めた英語力で国費で海外にも派遣してもらった。

ただ、大学を通して、自分の力で何かを成し遂げたわけではない。そうした意味で、意識が高いだけの大学生だったと思う。部活で入賞したり、自分で事業を立ち上げてる学生の足元にも及ばない。

しかし、意識高く行動したことでさまざまな経験ができたし、自分のやりたいこと・やりたくないことが見えた。今でも大切に思える友達にも出会うことができた。自分にも自信が持てるようになったし、自分のことを認めてあげられるようになった。

まずは行動を起こすことが大切だということを学んだ。

会社員時代

大学卒業後、国内大手機械メーカーに就職する。就職活動の軸は以下の3つ。

  • 海外に進出している
  • 生活の根幹を支える製品を扱っている
  • 地元の大阪に戻れる

配属は会社の主力製品を扱う部署で、一年目から欧州市場を担当させてもらった。2年目からは海外出張に行くようになり、3年半で計8か国への出張を経験。

意識の高かった大学生はグローバルに働くビジネスマンへと変身を遂げた。それなりに待遇もよく、出世コースにも乗るチャンスがあったかもしれない。

でも、それは本当に自分が求めているものだろうか。国際協力に関わりたい、途上国で仕事がしたいという気持ちはいつも頭の片隅にあった。

協力隊参加を決意

「協力隊になりたかった人」のままで人生を終えるのはイヤ!
「協力隊だった人」になりたいとの思いから協力隊参加を決意。
4年目の秋に会社を離れる。

ビジネスの側面から貢献したいとの思いから、職種はコミュニティ開発を選択。協力隊に行くならアフリカ!英語以外の言語も身に着けたいとの思いから、派遣国はセネガルを希望した。

無事に希望が叶い、晴れて青年海外協力隊の一員となる。

青年海外協力隊としての活動

配属先は、二オロ県農村開発事務所。ミッションは地域農家の所得向上。
活動内容は記事を参照ください。

青年海外協力隊 カテゴリーの記事一覧 

ブログを書く理由

1.セネガルのことを知ってもらいたい

僕がブログを書くのは、第一にセネガルのことを知ってもらいたいから。
ブログがきっかけでセネガルに来たいと思う人が増えれば最高だと思う。

先日、初めて日本から友人が遊びに来てくれて、彼の楽しんでいる様子を見れて、僕自身もとても幸せだったので、こういう経験をこれからもっとしたい。

セネガルは平和な国なんだけど、情報がない分、渡航のハードルは高いと思うので、僕のブログがそこを超えるきっかけの一つになればと考えている。

一人でも多くの人がこの素敵な国に「会いに行ける」ように発信する。

2.意識高く行動する人を応援したい

前述のとおり、大学時代の僕は意識高く生き、色々と迷走もしていた。

でも、振り返ると、当時もがきながらも色々と行動をしてきたことが、ひとつずつ繋がって、今の自分がある。なので、意識高く何かに挑戦したいと思っている人に向けて自分の生き方を公開し、少しでも励みになればと思っている。

意識高い系の大学生って卒業後、割と行方不明な気がするので、こんな僕でもセネガルで頑張っているということを発信していきたい。

趣味

野球観戦(ジャイアンツ・高校野球

大阪なのになんで?とよく聞かれるけど、物心ついた時から巨人ファン。
高校野球も好きで、大学入学前の春のセンバツでは甲子園でのバイトも経験。
出身県を言ってもらえれば、その県の強豪校の名前がスラスラ言える。

海外旅行

これまでにアジア・大洋州・欧州・米国など計22か国を訪問。
でも、アフリカに来たのはセネガルが初めて。
旅のスタイルは予定はゆるく組んで行きたくなったところに行く派。

語学学習

外国語を勉強して、交流するのも好き。
英語TOEIC 905, 仏語DELF B1所持のトリリンガルの端くれ。
過去にはタイ語を勉強したりもした。

サーフィン

会社の同期の影響で社会人になってから始めて、魅了される。
セネガルにもサーフスポットがあるので、ダカール滞在時には海に出る。
波待ちしてたら、嫌なこと全部忘れてしまう。海って偉大。

美術館めぐり

深い造詣はないけれど、「この発想はすごい!」って思わされる瞬間が好き。
印象派から美術にはまり、好きな美術館はオルセー美術館
現代アートも好きで、芸術祭を訪れるために国内旅行もしていた。

モットー

  • 迷ったときは、心がワクワクする方を選ぶ。
  • できない理由より、できる理由を考える。
  • 人生は少しの遊び心でおもしろくなる。

基本的にはポジティブで楽観主義者。
突き詰めて考えるのも好きだけど、ノリと勢いは大切にしたい。

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ykujime.hatenablog.com

ブログ更新およびSNS利用ポリシー

・発言は個人の意見であり、JICA及び青年海外協力隊を代表するものではありません。

・当ブログは青年海外協力隊としての活動以外の時間を利用して更新しています。

・活動の性質上、業務時間や休日が定まっていません。そのため、社会通念上業務中と考えられる時間においてもブログの更新及びSNSを利用していることがあります。

・当ブログで使用している写真は、対象者の許可を得て撮影・掲載しております。

・当ブログでは、アフィリエイト等による金銭的利益は一切得ておりません。

さいごに

以上、自己紹介を最後までお読みいただいてありがとうございました。
今後とも当ブログをよろしくお願いいたします。