アフリカはつらいよ。

国際協力の夢を追いかけてアフリカに来た元・意識高い系大学生が、理想と現実の間で奮闘するブログ。

ボランティアの意義とは何か。南三陸町で出会ったおじさんが教えてくれたこと。

僕のボランティア観について記します。
ボランティアは自分のためのものであるべきだと思っています。

青年海外協力隊でボランティアをしていると、切っても切り離せないのが、
ボランティアとは何か?という問いです。

僕のボランティア観は「ボランティアは自分のため」にするもの。
考えのベースには、南三陸町で出会ったおじさんの存在があります。
そのときの経験と、自分の考えるボランティアについてまとめました。

南三陸町での震災ボランティアの経験

僕は大学時代に、南三陸町で震災ボランティアをした経験があります。
それは、少しずつ被災地の状況も落ち着いてきた、2011年の8月のことでした。

大学のプロジェクトで南三陸町でのボランティアが募集されていたため、夏休みを利用して参加させてもらいました。

参加を決めたのは「何か自分にもできることがあるなやらやってみたい」そんな気持ちがきっかけだったように思います。

当時の僕にとっては、「ボランティア=人のため」のものだったので、困っている人のために何かしたいと思いながら、南三陸町に入りました。

仕事がない

ところが、何かしたいと思って来たのに、最初は仕事すらない状況でした。

当時の南三陸町は、他団体や個人のボランティアの方も既に多く入られていて、人手が不足しているという状況ではありません。

ボランティアセンターに行って、仕事を振り分けてもらおうと思っても、夏休みを利用してスポットで参加している素人の僕らには信頼もなく、できることも限られています。

重要な仕事は経験の長いボランティアの方から順に割り振られていきました。

地味な仕事に感じるモヤモヤ感

そうして、しばらく待って、ようやく僕らに割り振られた仕事は、避難所になっている体育館のガラス拭き、トイレの清掃でした。

正直に書くと、「すごく地味な仕事だな」と当時は思いました。
誰かのためになっているという実感は抱きにくいし、実際に体育館で生活されている方も僕らにあまり今日があるようには見えませんでした。
そのことに対して、モヤモヤしたのを今でも覚えています。

僕たちは、どこか満たされない思いを持ちながらも清掃作業を続けました。 

津波の被害にあった家の清掃

僕らの滞在も後半になるにつれ、次第に任される仕事も増えていき、津波の被害にあった、家の清掃作業を行うことになりました。

その日は大学のメンバーだけでなく、震災後からボランティアをされている兵庫県から来ているおじさんと一緒に活動をするとのこと。

僕らは水浸しになった跡の残る家の中で、水に浸された品々を整理していきました。生活感を感じる家の中で、一つ一つ丁寧に。

整理した中でも、もっとも印象に残っているのが神棚です。
宗教に関するものなので、扱いに困って、
「この神棚、どうしましょうか?」と家の持ち主の方に尋ねたのですが、
「捨ててちょうだい。そんなものがあっても、津波が来てしまったんだから」
と言われ、みんなで神棚を撤去したことは強烈な記憶として残っています。

休憩時間のおじさんの話

休憩時間になると、おじさんは、私たちに色々と話してくれました。
おじさんの身の上話や、おじさんも阪神大震災で被災したこと。
僕たちは一つ一つの言葉に真剣に耳を傾けました。

そうして、おじさんの考えるボランティア観を語ってくれたのですが、その言葉は今となっても僕の胸に残っています。

「ええか、ボランティアは自分のためにするもんやぞ。
 おれらは頼まれてきてるんじゃなくて自分で来てるねん。
 相手のためやと、思ったらあかんぞ。

 普段、恵まれた生活しとったら感覚がまひしてダメな自分が出てくるからな。
 こうして仕事をさせてもらうんや。おれにとっては修行みたいなもんやな。
 それに、何より困ったときはお互いさまやから。」

自分も被災者として震災を経験したからこそわかる、おじさんの言葉はとても重いものに感じました。

誰かに頼まれてきた訳じゃない

体育館の清掃作業をしていた際の、もやもやの原因が、おじさんの話を聞いてようやく理解できました。

「ボランティア=人のもの」と思っていた僕は、恥ずかしながら、誰から感謝されるだろうと勘違いしていたのです。

今思うと、とんだ間違いだったなと思います。
僕らは来てくださいと頼まれて来たわけじゃないんですよね。
自衛隊などのプロの方々ならまだしも、素人の大学生でしたから。

大した経験もスキルもないのに、勝手に来て感謝されたかったとは、本当におこがましかったと、反省の念にかれれました。

自分のためのボランティアでいいのか

おじさんは、それまで僕が人のためにするものだと思っていたボランティアを、自分のためにするものだと言い切りました。

ただ一点引っかかったのは、自分のためのボランティアでいいのか、ということ。
自分のためと称して、自分探しや、他者とつながりたい欲求のために仕事をするボランティアも少なからずいることは聞いていたからです。

彼らの行為が、誰かのためになってる場合にはそれでいいでしょう。
ただ、そうしたボランティアほど、嫌な仕事、地味な仕事は断りがちです。

でも、そのおじさんはそのようなボランティアとは全く異なりました。
どんな仕事も進んで受け入れ、見ていて気持ちのよい仕事ぶりでした。

おじさんと、自分のためのボランティアを区別するものは何なのでしょう。

おじさんが見ていたのは相手

それは、おじさんの見ている方向が相手だったからだと思います。
おじさんは、自分のためと言いながらもいつも相手を見ていました。

おじさんのいうボランティアとは、
「自分のためという謙虚な姿勢で、相手のために取り組む」
ことではないかと、私は解釈しています。 

おじさんは、自分のためという姿勢で、自分のために取り組むボランティアでは
決してありませんでした。

おじさんの名前も知りませんが、(聞いた気もしますが6年前のことなので失念しました)今でも僕のボランティアの理想像はおじさんです。 

僕のセネガルでのボランティア

僕がセネガルでボランティアとして、取り組む上での心がけは、
「知らないことだらけの自分なので勉強したいから一緒にやらせてください。」です。

勉強というのは、おじさんのいうところの修行ですね。

そして、常に相手の方向を見ていたいなと思っています。
勉強になるかどうかだけで活動するかの線引きをせず、彼らの生活すべてが勉強になると思って、日々お手伝いさせてもらってます。

最近は、毎日のように畑での農作業ですが、すごく楽しいです。
普段の生活にしても、セネガルにはセネガルなりの知恵があって、工夫されていることも多くて、どんなことでも勉強になります。

まだまだ、今は地域に大して貢献できていなくて心苦しいのですが、いつかあの名前も知らないおじさんのような存在になれることを目指して。