会いに行けるセネガル

国際協力の夢を追いかけてセネガルに来た「元・意識高い系大学生」が、理想と現実の間で奮闘するブログ。

僕が本気で英語学習を始めるきっかけになった屈辱的な2つの経験

英語の勉強を始めるきっかけになった2つの体験を紹介します。屈辱はいつだって最高のモチベーション!

僕はもともとドメスティックで英語も得意ではありませんでした。
帰国子女でもなければ、学生時代に海外留学の経験もありません。

しかし、勉強の結果、独学でTOEIC900をとることができました。今回は、英語を本気で勉強するきっかけになった2つの屈辱的な経験を紹介します。

屈辱的経験1:学生寮で留学生から馬鹿にされた

1つ目の経験は大学での学生寮でのこと。
大学1・2年生のときに住んでいた学生寮は、寮生の半分ほどが海外からの留学生。

留学生の国籍はさまざまで、アメリカやフランスなど欧州出身の学生もいましたし、タイや台湾といったアジアの国からの留学生も少なくありませんでした。

彼らも日本語を学びたいので、寮での会話は基本的には日本語。
みんな留学に来ていたので、それなりに日本語も話せます。
しかし、細かいニュアンスを伝えるときや、議論が白熱したときには、会話が英語になるということも珍しくありませんでした。

ネイティブの学生だけでなく、フランス人、タイ人、台湾人の学生も、会話の中で議論できるくらいには英語もペラペラなんですよね。
慶應に留学に来ていたので、みんなそれぞれの国の中ではそれなりに良い教育を受けているエリートの学生たちでした。

当時の僕は全く議論についていけず、いつも置いてけぼり。
日本語に加えて、英語も操る彼らを羨望のまなざしで見つめていました。

そんなときにフランス人に言われたのがこの一言。

慶應の日本人学生、英語もできないなんてレベル低すぎるよ。
 日本でレベルの高い大学だと聞いて来たのにガッカリ。」

この一言は刺さりました。やっぱりなんだかんだ慶應生ってプライドはありますから。

そこから見返してやろうと気持ちに火が付いたので、皮肉屋のフランス人に今では感謝しています。

屈辱的経験2:旅行中の優しすぎた台湾人

2つ目はタイを旅行中に出会った台湾人との経験。
バンコク市内を回るツアーで知り合いました。

そのときのタイ訪問は僕にとっての初めての海外で初めての一人旅。
一人での旅は不安でしたが、ツアーに参加して話し相手ができて、すごく嬉しかったのを覚えています。

しかし、拙い英語でコミュニケーションを取ろうとするも、うまく意図が伝えられません。そんなときに言われたのが次の一言。

「悪いんだけど、あなたの話す英語がわからないわ。
 小さい時に少し日本語を勉強したことがあるから、日本語ならわかるかも。
 あなたのことが理解したいから日本語で話してみてくれない?」

優しさゆえに心が痛みました。日本語でゆっくりと話させられたのは屈辱的な体験として強烈に残っています。絶対に英語がうまくなってコミュニケーションをとれるようになろうと決めました。

さいごに

いかがだったでしょうか。
この2つのきっかけが根底にあり、僕は英語の勉強を頑張れました。

この経験から思うのは、語学を上達したければ、家にこもって勉強してるだけでなく、たとえ最初はへたくそでも、とにかく交流の場に出て英みるべきだということ。

そこで恥をかいたり、悔しい思いをすることもあるでしょう。でも、それがモチベーションとなって、底から本気の勉強が始まることもあるのだと思います。