会いに行けるセネガル

国際協力の夢を追いかけてセネガルに来た「元・意識高い系大学生」が、理想と現実の間で奮闘するブログ。

セネガルで「仕事ができない人」になって気づいたこと。

セネガルに来て、「仕事ができない人」になって気づいたこと。仕事ができないのは、いるべき場所が違うからだということです。

はじめに

最近はいつも村で農作業させてもらってますが、まあ僕は仕事ができません。
役に立てないで過ごす時間と、周りからの「できないやつ」扱いは苦痛です。

どうして仕事ができないのかを考えていたのですが、それは本来得意でない分野で勝負しているからだと気づきました。以下にまとめます。

セネガル村で仕事ができる人の定義

僕は日本でも農作業の経験がほとんどありません。

同じことをするにもセネガル人の何倍もの時間がかかります。
加えて、ミスも多く、僕が作業した場所をセネガル人がもう一度作業してるのを見ると、いたたまれない気持ちになります。

セネガル人は優しいので、笑って許してくれてますが、ほとんど役に立てていません。

それは村での仕事のできる人に求められる能力と僕の能力がかけ離れているから。

この村で仕事ができる定義は、
「体力があって、農業に精通していて動物の扱いに慣れている」です。

一方、僕はというと、

  • 絶対的な体力が足りない。
  • 農業の経験がほとんどない。
  • 動物を操ることができない。

どの能力も絶対的に不足しています。
それでは、仕事ができる人になれるわけがありません。

日本の会社で仕事ができる人の定義

逆に日本で会社員をするうえで、一般的に求められるスキルを挙げてみます。

  • 読み書き・計算ができる。
  • 基本的なパソコン操作ができる。
  • 計画的に仕事を進めることができる。

一般的な教区を受けてきた日本人なら、どれもそれなりにこなせると思います。
でも、セネガルの村の人が得意なこととはいえません。
村の人を日本の会社に連れて来たら、間違いなく足手まといになります。

セネガルの村では一番仕事ができない僕が、日本の会社では一番仕事ができる人になるのです。「仕事ができる」って、何も絶対的なものではなくて、場所が変わると簡単に変わってしまうものだということに気づきました。

林先生の名言

努力と結果に関して、好きな言葉があるので紹介します。
今でしょ!」で一世を風靡した予備校講師の林修先生の言葉です。

努力は裏切らないというのは不正確。正しい場所で正しい方向で十分な量なされた努力は裏切らない

いやー。本当に心に刺さります。

正しくない場所でどれだけ努力しても結果は出ないということですね。
僕がどれだけ練習してもメジャーリーガーやジャニーズにはなれませんし。

農作業についても同じで、物心つく前から家でお手伝いしてて、体力豊富なセネガル人に今から追いつくのは厳しいものがあります。
最初は仕事のできなさにへこんでましたが、今はもう割り切りましたね。

農作業は無理でも、コミュニティ開発隊員として、収入向上の面から村に貢献できるように頑張ります。得意な場所、勝てる場所で努力するって大切。

まとめ

仕事のできる人の定義や必要な能力ってところ変われば、変わるものだと思います。

会社員時代にも、他部署に業務応援で行ったことがありますが、その部署での適正なさ過ぎてダメダメだった記憶があります。
あの部署に配属されてたら、いくらやっても人並み以上にはなれなかっただろうなあ。

なので、もし正しい方向で十分な努力をしているのに、結果が出ないのであれば、本来いるべき場所ではないところにいるのかもしれません。人はみんなそれぞれの得意分野がきっとあるはず。

「仕事ができなくても気にしない。それはいるべき場所が違うだけ。」

今後のキャリアの中でも、方向性を見誤らないよう、今回のことを心に留めておきたく記事にしました。