会いに行けるセネガル

国際協力の夢を追いかけてセネガルに来た「元・意識高い系大学生」が、理想と現実の間で奮闘するブログ。

セネガルでのアジア人差別に思うこと。

アジア人差別に対する、僕の考えをまとめておきます。

悲しいことに、セネガルに来てから、アジア人差別に遭う機会も少なくないです。
子どもだけならまだしも、大人も一緒になってしてくることも。
自分の町では愚痴を吐き出す相手もいないので、最初は結構落ち込みました。

最近は自分の中で、アジア人差別との向き合い方を解釈できてきました。
それは、差別は国際協力の仕事にはつきものだという割り切りです。
ここで、僕の考えをまとめておきます。

アジア人蔑視の現実

外国人の多く生活する都市部ではあまり経験することがなかったのですが、任地の田舎町に来てからというもの、多くの差別を経験しました。
アジア人蔑視の言葉「チンチョン」と言われたり、中国語をまねたような発音で話しかけてきて、からかわれることが頻繁にあります。

他には細い目を指さしてきて、不細工だねと面と向かって言われたりと、ちょっと日本では考えられないようなことも起きます。

これまでアメリカやヨーロッパの国を数多く訪れてきましたが、差別に遭う確率が一番高いのは間違いなくセネガルです。

もっとも、アメリカ人やヨーロッパ人ではアジア人蔑視の感情を持っていても、今の時代、それを口に出すのはタブーですからね。

セネガルでは、それを当たり前のように口に出してくる人がいるのは、誤解を恐れずに言うと、人権的な部分でもまだまだ発展途上国なんだと思います。

「日本人すごい」幻想

「日本人は世界で尊敬されている」なんて僕にも思っていた時期がありましたが、それも少なくともセネガルの田舎では幻想です。

一部の教養のある人が、日本の歴史や製造業について知っている程度で、日本や日本人が全員からリスペクトされているということはなく、日本も中国も一緒にされて差別されます。

同じ協力隊でも、東南アジアや太平洋の島国みたいに、歴史や地理的な背景から日本を知ってる国ならまた違うと思いますが、ほかの隊員の話を聞いていると、アフリカの田舎はどこも同じようなものみたいです。

落差に悩む隊員もいる

こうした現実に直面して、思い悩む隊員も残念ながら少なからずいます。

ある隊員の言っていた言葉で印象的だったのが、
「途上国で人助けをしたくて来たのに、どうしていじめられなきゃいけないんだろう」

優しい人が人助けの気持ちで来ると、こうした落差に戸惑うかと思います。
差別がある現実は、協力隊に来る人は事前に知っておいたほうが良いのかも。

もっとも、僕は自分が望んで勝手にセネガルに来た訳で、頼まれて来た訳じゃないと日頃から思ってるので、そこまで落差は感じていません。

 

僕の考え:差別は国際協力につきもの

僕は、アジア人差別は国際協力につきものの負の側面ととらえています。

どんなに華やかそうに見える仕事でも、現実は華やかな側面だけでなく、つらいこと、かっこ悪いこと、泥臭いことは多いです。
僕もメーカーで勤務していた時には「ヨーロッパ出張」に行って、海外の田舎町で泥臭く働いてたので、よくわかります。

文字通りに畑で泥にまみれたり、お客さんからお叱りを受けたり、酒豪のドイツ人にお酒を飲まされまくってグロッキーになったり、寝ずにプレゼン仕上げたり。。
ヨーロッパ出張って言葉だけで、華やかな部分って本当に一部でした。

そして思い至ったのが、国際協力を途上国でやるうえでの差別はきっと泥臭いことのひとつなんだということ。

国際協力というと、途上国のために良いことをしてるというイメージであまり悪い部分はクローズアップされていないような気がします。

確かにやりがいも大きいのですが、甘い部分だけでなく、辛い部分もある。
それがこのアジア人差別で、国際協力に携わる以上、付き合っていかなければならないものだと今では割り切っています。

さいごに

やや愚痴っぽくなってしまいましたが、セネガルでも好意的に迎えてくれる人は本当に多くて、日々彼らのやさしさに助けられています。
そういう人との交流を通じて、草の根レベルで親日家を増やしていくのも僕ら青年海外協力隊の仕事です。これからもめげずに頑張っていきます。